山中鹿介首塚(広島県福山市鞆町




200年8月30撮影

 戦国時代の終わりごろに尼子氏の家臣山中鹿介が兵を挙げたとのこと。

 相手は毛利氏なのですが、結局高梁川河井の渡で討たれました。

 静観寺に本陣を敷いていた足利義昭は首実検をしたとのことです。

 尼子氏は幽閉の後に毛利家から所領を与えられ、昭和まで続くことになりました。



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